静岡地方裁判所沼津支部 平成3年(ワ)167号 判決 1993年11月12日
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して、金二五一万一六九二円及び内金二〇一万一六九二円に対する昭和六三年五月三日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 申立
被告らは、原告に対し、連帯して、金八八一万九二七四円及びこれに対する昭和六三年五月三日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、自動二輪車を運転中、後記交通事故によって死亡した亡青木俊雄(以下「亡俊雄」という。)の相続人である原告が、右事故の原因は、道路の設置管理上の瑕疵と被告植村の安全確認義務ないし危険回避措置義務違反が競合して発生したものであるとして、道路の設置管理者である被告青森県及び同下田町に対し国家賠償法二条、民法七一九条一項に基づき、同植村に対し民法七〇九条、自動車損害賠償保障法三条、民法七一九条一項に基づき、同植村の使用者である同青森雪運に対し民法七一五条一項、自動車損害賠償保障法三条、民法七一九条一項に基づき、損害賠償を求めた事件である。
一 争いのない事実
1 本件事故現場は、青森県上北郡下田町字向山三〇六二番地一先路上であり、青森県上北郡下田町内を略南北に走る主要地方道(以下「県道」という。)と北西方から同町字向山三〇六二番地一先に向かって走る下田町町道(以下「町道」という。)が交差するY字型交差点(以下「本件交差点」という。)内である。
2 亡俊雄は、昭和六三年五月三日午前八時一三分頃、自動二輪車(車両番号一多摩さ一四二九、以下「青木車」という。)に乗車し町道を北西方から本件交差点に向かって走行中、右交差点を一時停止することなく直進し、折から県道を南東から本件交差点に進行してきた被告植村運転の普通貨物自動車(登録番号青一一あ二二一八、以下「植村車」という。)を避け切れず植村車に衝突し、その結果死亡した(以下「本件事故」という)。
3 県道は、優先道路であり中央線が設置されていたが、町道には、中央線が設置されていなかった。本件交差点北西側の町道には、本件事故当時より前には停止線が設置されていたが本件事故当時は冬季のスパイクタイヤやタイヤチェーンのために消失していた(消失程度については争いがある。)。本件交差点北西側の町道には、本件事故当時、青木車進行方向左側の路端に一時停止の道路標識(以下「本件標識」という。)が存在していた。
4 本件交差点付近の県道は被告青森県が、町道は同下田町が、それぞれ道路の設置管理者である。
5 被告植村は、本件事故当時、植村車を同青森雪運の業務として運転していた。また、被告植村は、本件交差点を県道に沿って通過する際に、町道を本件交差点に向かい直進してきた青木車に対し、何ら警告のための措置を講じなかった。
6 原告は、本件事故により、植村車による自賠責保険から金二〇〇一万八六三二円の支払を受けている。
7 原告は、亡青木俊雄の相続人である。
二 争点
本件の主要な争点及び争点についての主張は次のとおりである。
1 本件事故は、亡俊雄が、本件標識の見落しと本件事故現場の状況及び被告植村の警告措置等の欠如から、植村車が県道に沿って青木車の前方を横切ることはないと誤信して、一時停止することなく本件交差点内に直進したため発生した(請求原因)のか、それとも、亡俊雄が本件標識を認識しながら、敢えて一時停止することなく本件交差点内に直進したため発生した(積極否認)のか。
(一) 原告の主張
(1) 本件交差点は、①町道から本件交差点に向かって走行するとその道路の形状が直線道路に見えることや幅員がほぼ同一であることから、向山方面から下田方面へ、町道がそのまま延びているかのように錯覚を起こし易い場所であり、そのため町道から本件交差点に向かって進行すると、本件交差点の存在に気づかず交差点内に進入してしまう危険性のある交差点であった、②本件事故当時、本件交差点北西側の町道の路面に引かれていた一時停止線が全く消失していた、③青木車及び植村車の走行する町道及び県道における、本件交差点付近の道路標識等としては、本件交差点手前の町道左端に本件標識が存在するのみであった、④本件標識は、その標示板が比較的高い位置に設置されていた、⑤県道に設置された本件交差点内でカーブする中央線は、青木車から直線的に見ると町道が延長し、その町道の左端から中央線がカーブしているように見られ、これによって本件交差点の状況を的確に認識できない、という特徴を有する交差点であった。
(2) 青木車は、自動二輪車であった。自動二輪車の運転者の視界は、路面の凹凸による転倒等の危険やその乗車姿勢から必然的に視線が低くなり、路面を中心に視野が構成され、左右方向や遠方の情報の取り方が少なくなる傾向がある。
本件事故当時、町道からの本件交差点直近から交差点内に掛けて、路面は凹凸のある悪路という状態であり、また、青木車の直前を乗用車が走行していたから、亡俊雄は、路面や右乗用車に神経が集中し、注意が奪われてもやむをえない状況にあった。
そのため、亡俊雄は、県道の中央線が本件交差点内でカーブしていることを発見することも困難であった。
(3) 植村車は、県道を本件交差点に向かい、青木車に対向進行しそのまま本件交差点を県道に沿って進行し、青木車の前方を横切るに際し、青木車に対し何らの警告措置等をとらなかった。
(4) 以上の、本件交差点付近の県道及び町道の形状、本件標識の位置、亡俊雄の視線、路面の状況及び被告植村の警告措置等の欠如などが競合し、亡俊雄は、事故の進路前方が直進かつ優先道路であると誤信し、左右方向、遠方を注視せず、ために本件標識を見落とし、対向する植村車が青木車の前方を横切ることはないと誤信して本件交差点に進入し、その結果、植村車に衝突したものである。
なお、亡俊雄の本件事故態様は、自殺でもなければ故意には発生しない態様の事故であり、亡俊雄の自殺を疑うべきものはないから、本件標識を見落とした過失により発生したものと考えるのが常識的理解である。
(二) 被告らの主張
(1) 本件事故当時、本件交差点手前の町道左端には、幅七二センチ、高さ六四センチの赤色塗装がなされ、逆三角形の標示板を支柱の上端に取り付けた本件標識が設置されており、本件標識の見通し状況は町道から本件交差点に向かって進行する車両にとって極めて良好であったから、亡俊雄が本件標識を見落とすことはなかった筈であり、逆三角形の標示板に気づけば、当然に一時停止標識であると予測できたはずである。
(2) 本件事故当時、町道には中央線は設置されておらず、県道には中央線が設置されていた。しかも、県道の中央線は、本件交差点の先から県道のカーブに沿って中央線が設置されており、これは町道を本件交差点に向かって走行中の青木車から容易に視認することができた。従って、青木車を運転する亡俊雄にとって、走行中の町道が、中央線が設置してあり左にカーブしている県道と本件交差点で交差することを認識することは容易であった。
そして、亡俊雄が、仮に本件交差点に向かい走行中、町道と県道が直線であると誤信することがあっても、本件交差点に近づくに従い、徐々に本件交差点の存在・形状、県道との接続状況を理解することができる状況にあった。
(3) また、自動二輪車は、路面から目までの高さが普通乗用車よりも高く、視線が低くなるということはないし、乗車姿勢にかかわらず前方を注視しているのであるから、自動二輪車だからといって、特段、本件標識を見落とし易いということはない。
(4) 更に、亡俊雄は、本件事故当時、宿泊先のユース・ホステルから前夜右ユース・ホステルで知り合った二名が運転する自動二輪車を遅れて追走している途中であり、帰路でもあったことからすると、本件交差点を過去に何度か通過していること、追走途中で急いでいたことが推認され、このことは、亡俊雄が、本件標識を認識しながら故意にこれを無視して、一時停止しなかったことを有力に推認させる。
(5) 従って、亡俊雄は、本件標識を認識し、一時停止義務があることを認識しながら、敢えて一時停止することなく本件交差点内に直進し、本件事故を生じさせたものである。
2 争点1において原告主張の事実関係から本件事故が発生した場合に、争点1の亡俊雄の本件標識の見落し及び植村車が県道に沿って青木車の前方を横切ることはないとの誤信の原因が、被告県及び同下田町の県道及び町道における交通安全施設等の管理の瑕疵によるものか(県道及び町道の管理の瑕疵の存在と右瑕疵と本件事故との因果関係の存在。請求原因)、右瑕疵は存在せず、亡俊雄の一方的な過失によるものか(被告県及び同下田町の積極否認)。
また、一時停止線の消失は、冬季のスパイクタイヤ等により削り取られたものであり、引き直しの期間は、三月末まで降雪が時々あることや予算執行上の制約等諸条件の制約があるため場所により相当かかり、本件事故当時は、まだ一時停止線が消失したままであったこともやむを得ない(被告県及び同下田町の抗弁)のか。
(一) 原告の主張する瑕疵及び因果関係の存在
(1) 本件交差点付近の県道及び町道の状況や本件標識の設置状況等は前記争点1(一)(1)に主張と同旨。
従って、本件交差点は、町道から本件交差点に向かって進行する車両が、自車の進路前方に変形Y字形交差点が存在することに気づかず直進し、本件交差点内で県道を本件交差点に向かい対向して来る車両と対面衝突する危険があった。
(2) ところで、道路の設置管理者は、道路あるいは交差点が、地形を熟知している地元の運転手に対しても、地理不案内の県外の運転者にも、また大型車や自動二輪車の運転手に対しても等しく安全であるように、交差点付近の道路標識等を適切かつ適正に保持すべき義務がある。
特に、自動二輪車の場合には、四輪車と異なり、道路の凹凸が直ちにハンドリングに影響し、横転の危険に直結することや乗車姿勢が自動二輪車の構造上からも前かがみになることから路面を中心にして視野が構成されることになる。そこで、路面での情報が重要な意味を持ち、自動二輪車の運転手にとっては一時停止線などの路面からの情報が有益であるから、道路の設置管理者は、右特性を十分考慮して、道路の安全施設の設置に努めなければならない。
(3) ところが、本件交差点付近の道路標識としては、亡俊雄の進行方向左側に本件標識が設置されているのみであった。
しかし、単に、一時停止標識を設置しておくだけでは本件交差点の危険性を除去したことにはならない。本件交差点付近における県道及び町道の状況からすると、本件標識は、一時停止線等と相まって初めて、一時停止の規制を運転者に十分に明示することができ、もって本件交差点での交通の安全を全うできるものである。
(4) そこで、本件交差点における町道と県道を互いに直進してくる対向車両の衝突を避けるためには、①ゼブラゾーンの設置と維持管理が常時されていること、②一時停止線が常時路面に印象されていること、③本件交差点が変形のY字型交差点であることを標示する標示板を設置すること、④路面にゼブラゾーンや一時停止線を印象しても冬季のスパイクタイヤによって消失してしまう場合には、道路鋲あるいはポールをゼブラゾーンの周囲に立てること、⑤県道側を進行してくる車両に対して、右折の方向指示器の点灯を促す標示板を設置すること、⑥路面に「止まれ」の文字を書くことなどの十分な安全施設の設置が必要であった。
そして、本件事故後には、右の安全施設の多くが設置されている。
(5) しかし、本件事故当時、本件交差点には、一時停止線が消失し、本件標識が設置されてあるのみであって、その他の、本件交差点の存在・形状、本件標識の存在を察知させるような何らの交通安全施設の設置はなされていなかった。
従って、本件事故当時、本件交差点付近の県道及び町道においては、道路として通常有すべき安全性に欠けていたものであって、右道路の管理に瑕疵があった。
(6) そのため、亡俊雄は、争点1一に主張のとおり、本件交差点付近の県道及び町道の形状、本件標識の位置、亡俊雄の視線及び被告植村の警告措置等の欠如などから、本件標識を見落とし植村車が青木車の前方を横切ることはないと誤信して本件交差点に進入し、青木車に衝突したものである。
よって、右5の道路管理の瑕疵と本件事故とは因果関係がある。
(二) 原告の主張する瑕疵及び因果関係の存在に対する被告県及び同下田町の主張
(1) 本件交差点付近の県道及び町道の状況や本件標識の設置状況及び町道を本件交差点に向かい走行する車両からの視認状況については前記争点1(二)(1)、(2)に主張と同旨。
(2) 道路標識及び道路標示については道路法四五条二項及び道路交通法(旧法)九条三項に基づく「道路標識、区画線及び道路標示に関する命令」(以下「標識令」という。)により規定され、具体的な設置・管理の基準については、警察庁の通達「道路標識等の設置及び管理に関する基準」(昭和四七年五月二四日付。平成二年五月三一日付改定。以下「管理基準」という。)に細目が規定されている。
そして、管理基準によれば、本件標識の設置において問題はない。また、一時停止線の設置は、一時停止標識のある場所において、特に停止すべき位置を明確にする必要のある場合に、停止位置を特定するためになされるものであるから、標識令及び管理基準でも必ず必要とはされていない。
本件交差点での一時停止においては、町道からの左右の見通し状況が良好であるから、本件標識の位置のあたりで停止すれば足りそもそも停止線の設置は必要ではなかったものである。
(3) 更に、運転者が、一時停止の規制を認識し決定するのは、一時停止標識を見てであり、路面の一時停止線を見てではない。そもそも、一時停止線を見て一時停止の規制を認識したのでは停止に間に合わない。
そして、一般に、運転者にとって、一時停止標識があって初めてそこが交差点となっていることが把握できる、交差道路の見通しが効かない交差点は数多く存在する。
(4) 従って、本件交差点付近における県道及び町道の交通安全施設等としては、本件標識をもって足り、何ら、右道路の交通安全管理上の瑕疵はなく、また、交通安全施設等として本件標識のみであったことが、何ら本件事故と因果関係を有するものではない。
3 争点1において原告主張の事実関係から本件事故が発生した場合に、被告植村には、本件交差点を通過するに際し、町道から本件交差点に向かい進行してくる青木車の動静に注視して安全を確認し、必要な警告措置等をとって、植村車が県道に沿って青木車の前方を横切ることを亡俊雄に警告するなどの危険回避措置をとる義務があった(請求原因)のか、県道と町道の優先関係、町道側の一時停止義務及び本件標識の存在から、被告植村は、青木車が本件交差点手前の町道側で一時停止することを信頼してよく、右義務はなかった(被告植村及び同青森雪運の抗弁)のか。
(一) 原告の主張する被告植村の注意義務違反
(1) 本件交差点は、交通整理の行なわれていない交差点であり、本件事故当時、町道から県道に進行してくる車両が、本件交差点の存在及び本件標識に気づかず本件交差点内に進入してくる危険性のある交差点であった。
(2) 被告植松は、本件交差点を通過するに際しては、本件交差点の状況及び危険性を認識していたのであるから、町道から県道に進行してくる車両の動静に注意し、安全を確認し、必要な危険回避措置をとって進行すべき注意義務があった。
(3) しかるに、被告植村は、本件交差点を通過するに際し、折から青木車が、一時停止することなく同一速度のまま、対向進行してくるのを発見しえたにもかかわらず、自車の進行道路が優先道路であることから、右注意義務に反し、青木車の動静に注意することも何らの警告措置等をとることもなく、漫然と同一速度で進行した過失により、青木車を自車前部に衝突させたものである。
(二) 被告植村及び同青森雪運の主張
植村車の進行していた県道は主要幹線道路であり、優先道路であった。町道側から本件交差点に進入する青木車は、本件標識により一時停止義務があった。そして、本件標識は青木車から容易に発見できる位置にあった。
従って、被告植村は、青木車が本件交差点手前の町道側で一時停止することを信頼してよく、青木車が、一時停止義務に違反して本件交差点に進入してくることを予見して、これを注視し、事故回避措置を講ずる義務はなかったものである。
(三) 被告植村及び同青森雪運の主張に対する原告の主張
被告植村は、地元の職業運転手として、本件交差点付近の地形的状況や町道から本件交差点に向かい進行してくる車両が一時停止しないで直進してくる危険を十分予想できたものである。そのため、本件事故前において、被告植村は、本件交差点を通過するときには減速していたのである。
しかるに、被告植村は、本件事故当時、青木車の直前を植村車に対向進行してきた乗用車に気を取られ、青木車を発見しなかったのであるから、青木車の動静を注視し、必要な適危険回避措置をとる義務が免除されているとはいえない。
4 過失相殺の割合
(一) 原告の主張
本件交差点の付近の諸状況及び交通安全施設としては本件標識しかなかったことからすると、亡俊雄の一時停止違反の過失は、五割を越えない。被告県及び同下田町は、一時停止線の消失及び自動二輪車にとっては路面の標示が重要であることを知っていながら一時停止線消失の代替措置も講じず、一時停止線が消失するまま放置していたものであるから、責任は重い。また、被告植村は、本件交差点付近の地形的状況や町道から本件交差点に向かい進行してくる車両が一時停止しないで直進してくる危険を予想していたのに、青木車の直前を植村車に対向進行してきた乗用車に気を取られ、青木車を発見しなかったのであるから、五割の過失は免れない。
(二) 被告植村及び同青森雪運の主張
亡俊雄の運転行為は、本件標識による一時停止規制を無視したものであり、仮に、被告植村が、本件交差点付近の諸状況から亡俊雄の一時停止違反を予測すべきことを前提とする注意義務が課され、右義務に違反したものとしても、過失割合は亡俊雄が八割ないし九割が相当である。
5 損害額
三 判断
1 争点1について
(一) 本件交差点付近の状況、交通規制等
証拠によれば、本件事故当時の本件交差点付近の状況、交通規制等は、概略別紙交通事故現場見取図(以下「見取図」という。)のとおり、①県道は幅員6.7メートル、町道は幅員5.6メートルであり、県道も町道も、制限速度は時速五〇キロメートルであること、②町道の向山駅方面から本件交差点を通過し県道に至り県道を国道四五号線方面に向かって進行すると、本件交差点から進行方向左側に1.1メートル幅員が増えるが、ほぼ一直線の道路を進行することになること、③県道に沿って国道四五号線方面から本件交差点を通過して三沢市方面に向かって進行すると、本件交差点から緩やかに右折するようになること、④そのため、町道の向山駅方面から本件交差点を通過し直進する車両にとっては、県道に沿って国道四五号線方面から本件交差点を三沢市方面へ通過して行く車両は、あたかも本件交差点で自車前方を右から左に横切り通過するような関係になること、⑤県道は、本件交差点から国道四五号線方面に向かい一〇〇分の二の上り勾配であり、また、本件交差点から三沢方面へは東側に傾斜していること、⑥県道も町道も、アスファルト舗装がなされた平坦な道路であり、路面は乾燥状態であったこと、⑦県道には中央線が交差点内まで白点線で表示されていたこと、⑧見取図の一時停止標識の位置に本件標識が存在し、その大きさは底辺からの高さが約三六センチメートルの逆三角形(検証調書添付の写真と第一号証から計測)で、赤色地に白色で「止まれ」と記載され、その逆三角形の下角は地上から約2.36メートルであったこと、⑨本件交差点直前の町道には、一時停止線の端がわずかに残っているものの、殆ど消失し、一時停止線に向かい進行中の車両からは、一時停止線の存在を確認することができない状況であったこと、⑩本件交差点内及び本件交差点付近の町道の路面は部分的に凹凸が見られたこと(甲第一号証の三、第四号証添付写真八葉)、がそれぞれ認められる。
[甲第一号証の一ないし三、第二号証の一ないし一五、第三号証、第四号証、乙第三号証、第四号証(平成三年六月三日付実況見分調書を除く)、被告植村榮本人尋問の結果、検証の結果]
(二) 見通し状況
証拠によれば、①町道の向山駅方面から本件交差点に向かっての本件交差点及び国道四五号線方面に向かう県道の見通し状況は良好であること、②本件交差点の町道側端(見取図の一時停止標識の位置)から、町道を向山駅方向に九〇メートルの地点で時速五〇キロメートルの車に乗車して本件交差点方面を見てみると本件標識の存在は認めるも、何であるかが判然とせず、県道の中央線も見えず、町道と県道は一本の道に見え、七〇メートルの地点に至ると、本件標識がそれらしい物として見え、六〇メートルの地点に至ると本件標識が認識でき、県道の中央線が判別でき、四〇メートルの地点に至ると、現在本件交差点の町道側端に引かれている一時停止線及び右停止線手前の「止まれ」の標示も判読できたこと、しかし、三〇メートルの地点に至っても県道が三沢方面にカーブしていること、即ち、変形Y字形交差点であることは、一見しても明らかでなく、二〇メートルから一〇メートルの地点で初めて変形Y字形交差点であり、県道が左にカーブしていることを十分認識できるようになること、③時速五〇キロメートルの車に乗車して、県道の国道四五号線方面から本件交差点及び町道方向を見てみると、数百メートル先まで見通しが良好であったこと、が認められる。
[甲第一号証の一ないし三、第二号証の一ないし一五、第三号証、第四号証、乙第三号証、第四号証(平成三年六月三日付実況見分調書を除く)、被告植村榮本人尋問の結果、検証の結果]
(三) 本件事故の態様
証拠によれば、①見取図に表示のように、本件交差点の町道側端から国道四五号線方面に向かって、道端から一メートルの路面上に町道に並行して、青木車の残した一〇メートルのスリップ痕が印象されていたこと、②そこで反応時間を運動神経の普通の人の0.6ないし0.8秒とし(裁判所に顕著な事実)、青木車の速度を時速五〇キロメートルないし六〇キロメートルと仮定すると、スリップ痕の印象が開始した地点より、8.33メートルないし13.34メートル(幅があるので、以下、これをおよそ一一メートルとして考察する。)向山駅方面の地点で危険を認知したことになること、③これは、青木車の転倒までのスリップ痕が一〇メートル(時速六〇キロメートルの場合乾燥したアスファルト舗装、摩擦係数0.7で制動距離は約二〇メートル、制動時間2.38秒。裁判所に顕著な事実)であり、時速五、六〇キロメートルの範中に十分入ることから、スリップ痕を印象しつつ転倒し、放り出されて植村車に衝突するまでの時間を一秒弱ととらえ、反応時間を合せて、「1.7秒弱の間」とし、右時間内に植村車が進んだ距離と同距離を、亡俊雄と衝突した時点から国道四五号線方面に戻してみると、後記のとおり、植村車が二、三〇キロメートルに減速後乗用車と擦れ違い、直後右にハンドルを切って速度を戻しながら本件交差点を通過しているので、見取図のウ地点に至る間の速度を時速三五キロメートル前後で走行したとすると、「1.7秒弱の間」で約一七メートル進むから、植村車を見取図のウの地点より約一七メートル戻すと、その位置は、植村車の運転席がほぼ見取図のエ地点、即ち右折開始地点であることが予測されること、③そうすると、亡俊雄は本件交差点の町道側端から向山駅方向に約一一メートルの地点で、植村車が自車の前面を横切るような右折を開始したことから、危険を認知し急制動措置を開始したことが予測されること、④ところが、既に間に合わず、青木車は、一〇メートルの直線スリップ痕を路面に印象させ、横ブレしながら直進し、転倒して、前方に放り出された亡俊雄が、植村車の後輪付近のガソリンタンク及びフェンダーに衝突したこと、⑤被告植村は、県道を時速約五〇キロメートルで国道四五号線方面から本件交差点に差し掛かったところ、町道から本件交差点内に入り国道四五号線方面に直進してくる乗用車を発見したため、とっさにブレーキを掛け時速二、三〇キロメートルに減速し、これを自車右側にやり過ごし(右減速を考慮しても、見取図のア地点からエ地点の交差点端までは約一四メートルであったから、右乗用車を発見して約二秒弱後に、植村車は交差点への進入を開始していることになる。)、その直後ハンドルをやや右に切り右折を開始し、まもなくして助手席の後ろ窓越しに青木車を発見し、とっさに右にハンドルを切ったが、青木車から放り出された亡俊雄の身体と衝突することを避け切れなかったこと、が認められる。
なお、被告植村は、青木車の直前に町道から本件交差点に進入して植村車と擦れ違った乗用車は一時停止して擦れ違ったものである旨供述するが、他方、右乗用車について、「私が気付いたときには交差点内にいました。」と答えていることや、前記のとおり、発見してから擦れ違うまでの時間が約二秒弱であり植村車はトラックであるから右乗用車も一時停止したなら植村車をやり過すまで待つのが通常であろう。そうすると、右乗用車が一時停止したという供述は直ちに信用し難い。
[甲第一号証の一ないし三、第二号証の一ないし一五、第三号証、第四号証、乙第三号証、第四号証(平成三年六月三日付実況見分調書を除く)、被告植村榮本人尋問の結果、検証の結果]
(四) 自動二輪車の前方視認状況
証拠によれば、自動二輪車の運転手は、路面を中心にして視野が構成され、左右方向及び遠くの情報の取り方が少ない傾向にあり、それは、乗車姿勢が前かがみになっているためと、バランスを崩して転倒しないようにと常に目の前の路面の状況を気にしながら走行しがちだからであることが認められる。
そして、青木車は、グリップが座席とほぼ同じ程度の高さに位置し、座椅子とグリップとの開きもあるから、必然的に乗車姿勢が前かがみになり易いタイプの自動二輪車であった。
[甲第四号証、第五号証、第八号証、第九号証]
(五) 亡俊雄の心理状態等
証拠によれば、亡俊雄は、本件事故当時(午前八時一三分)、前夜宿泊先のユース・ホステルにおいて二人のライダーと知り合いになり、彼らが先に出発したため、後に追い付く約束をしていたことそのため、亡俊雄は、そのライダー達に追い付こうとして急いでいたことが推測される。
また、証拠によれば、亡俊雄は、母親と兄、妹があり、専門学校卒業後専門を生かした職業に就き、五月の連休に自動二輪車で東北地方をツーリングしている途中で本件事故に遭遇したことが認められ、自殺をしようとしていたことがうかがわれるような証拠は何ら存在しない。
[甲第六号証、甲第七号証、被告植村榮本人尋問の結果、原告本人尋問の結果]
(六) 右認定の亡俊雄の心理状態(ライダー達に追い付こうとして急いでいたこと)や制限速度が時速五〇キロメートルであったこと、時速五、六〇キロメートルとして証拠上矛盾がないことから、青木車の速度は、時速五、六〇キロメートルと推測される。
(七) 以上の認定事実及び争いのない事実によれば、争点1については本件事故は、亡俊雄が、町道を向山駅方面から本件交差点に向かって進行するに際し、直線道路のように見えることから、その先入観で進行し、一時停止の必要な道路状況とは全く予測せず、また急いでいたことや路面の状態が必ずしも良くなかったことから、遠く左右方向を注意深く見て走行することなく、路面の状態や先行車輛に気を取られ、本件標識を見落として、時速五、六〇キロメートルで漫然と本件交差点に立ち至り、本件交差点の手前約一一メートルの地点で、本件交差点の状況が急に開け、途端に対向進行する植村車が何ら右折信号を示すことなく急に右折を開始し、自車前方を右から左に横切るように進行したことから、ことの急転回に驚いて急制動を取ったが直前のことであったため回避できず、結局転倒し、自身は前方に飛ばされて植村車に衝突し、死亡したものと認めるのが相当である。
2 争点2について
(一) 証拠によれば、本件交差点では、人身事故は起こらないものの、向山駅方面から本件交差点を通過して県道を国道四五号線方面に進行する車輛が本件標識に従い一時停止しないため、県道を国道四五号線方面から本件交差点を通過して三沢市方面に進行する車輛とが対面衝突する危険が少なくなくあること、地元の運転手も、右の危険を感じ、県道を国道四五号線方面から本件交差点を通過し三沢市方面に進行する場合には、町道から本件交差点に進行する車輛の動静を注視し、場合によって減速しながら回避措置を取れるように心掛けていることが認められる。
[証人成田君枝の証言並びに被告植村榮本人尋問]
右認定に反する、証人下舘正治の証言は、道路設置管理者の責任に関する事実関係については、たとえば自動二輪車の視界、変形Y字路での停止線など道路標示の設置、新たな交通安全施設の設置などについて、殊更曖昧になされ、右責任を回避しようとする姿勢がうかがわれるから信用できない。
(二) そして、右(一)の向山駅方面から本件交差点を通過して県道を国道四五号線方面に進行する車輛が本件標識に従い一時停止しないのは、故意に本件標識を無視する者もいないとは言えないが、(三沢市方面から本件交差点を通過し国道四五号線方面に進行する車輛との衝突の危険も大きく、町道を進行していては進行する車輛の有無・動静を確認することがきわめて困難な地形にある(乙第四号証)から本件交差点の存在と形状を知っている者が一時停止しないで町道から本件交差点に進入し通過することは考えにくい。)向山駅方面から本件交差点に向かい進行する車輛の運転手には、本件交差点の形状が交差点直前(交差点手前二〇メートルの地点)まで分からず、そのため、初めて通過する者は、直線道路と思いその先入観で、進行し、一時停止すべき道路の状況にあるということが認識できないことから、一時停止の標識の存在を予測し、注意することもなく、また、制限速度が五〇キロメートルの直線道路に見え、国道四五号線方面には緩やかな上り坂になることから速度も五〇キロメートルを超過し易く、そのまま本件交差点に向かい進行してしまいがちであるという、本件交差点及びその付近の県道及び町道の特徴的な形状に原因があると考えられる。
即ち、本件交差点及びその付近の県道及び町道の特徴的な形状そのものが、道路管理者及び地方公安委員会に対し、適切な交通規制及び安全交通施設の設置を通して、本件交差点を通過する運転手に安全な交通を保障し、確保させることを要求しているものと解される。本件交差点においては、適切な交通調整をしないと対面衝突の危険があるから、右要請は重要である。
そして、通過する車輛としては、自動二輪車も当然予想されるのであるから、自動二輪車の運転手の視認傾向をも考慮した安全交通施設の設置が必要である。
(三) ところで、前記認定の事実及び争いのない事実によれば本件事故当時、見取図の一時停止標識の位置に本件標識が設けられていたのみで一時停止線も殆ど認識できない程度に消失していたのである。
確かに、前記三1二の見通し状況のとおり、本件標識の見通し状況は良好であり、六、七〇メートルの地点で本件標識の内容を認識でき、また、六〇メートルの地点で県道の中央線が判別できる状況にある。
しかし、前記のとおり、町道を本件交差点に向かい進行する車輛の運転手は、直線道路(一本道路)との先入観をもってしまいがちな面が多分にあり、特に、遠方や左右方向の視界が狭い自動二輪車の運転手には、前方に一時停止のなされる形状の存在を予測することが相当に困難であるということが、認められるのであるから、見通し状況が良好であるということだけでは、本件交差点に関しては十分ではないと考えられる。
(四) ところで、運転者は、走行中、自車の走行している道路及び周囲の形状の変化を刻々と認識し、前面に展開してくる道路の形状や状態の変化、交通量や交通規制を予測し、安全な運転を円滑に行なっているのである。一つ、道路標識にのみに頼っているのでは、安全な運転を円滑に行なうことは到底困難である。
そこで、運転手に道路の状況等の資料を的確に提供すべく、標識令においても規制標識以外の標識を掲げているのである。
(五) 右の観点からすると、本件事故後に、本件交差点及びその付近の県道及び町道に設けられた、原告主張の争点2一4の交通安全施設は、本件標識が前記のとおり、道路の形状から気付かれない危険があるから、この危険を補い発見され易くするために設置されているもので、必要な補助標識であるといえる。
(六) 現在、本件交差点の手前に引かれている一時停止線は、前記のとおり、四〇メートル手前から認識可能であることが認められる(これにより一時停止の規制に気が付けば十分制動可能範囲にある。)。そうすると、一時停止線の本来の機能は、一時停止の場所を特定するものであるが、これらが相まって交通安全施設を構成するものであり、本件交差点において、自動二輪車の運転手に対し、交通安全施設として、特に重要であったと考えられる。
また、管理基準においても、必要に応じて、一時停止標識をオーバーハング式を設置すべきことを指示しているが、本件交差点においても極めて有意義であったと考えられる。
(七) 以上、検討したように、本件交差点及びその付近の県道及び町道の特徴からすると、本件標識のみでは、本件交差点の通常有すべき安全性に欠けるところがあったものと解され、被告県及び同下田町は、道路管理者として必要な道路標識をもって(なお、被告県は、公安委員会が設置すべき標識につき)、交通安全施設を講じる必要があったというべきである。
(八) 被告県及び同下田町の抗弁は、証拠上、何ら認めるに足りない(前記オーバーハング式を設置することや、停止線の指示標識もあることである。)。
3 争点3について
(一) 前記のとおり、被告植村は、本件交差点における対面衝突の危険性からして、町道から本件交差点内に進入する車輛の有無や動静を注視して安全を確認し、必要に応じて衝突を回避すべき措置を講じる義務があるというべきであり、本件事故では、前記のとおり、県道を右折するに際し、町道を確認しさえすれば、青木車を発見し衝突を回避し得たものであるから安全確認義務違反の過失がある。
(二) 前記のとおり、本件交差点において、町道から、一時停止標識を認識せず誤って本件交差点に進入する車輛のあることは、被告植村も認識し、通常は、その動静を注意し、減速していたというのであるから、亡俊雄が、一時停止標識を認識し遵守することを信じることがやむを得ないとはいえず、信頼の原則は適用されない。
4 争点4について
前記の優先道路を進行する被告植村の安全確認義務違反の程度、亡俊雄が本件標識を認識しなかったことについて配慮すべき事情と本件標識及び県道の中央線の見通し状況、そして、自動二輪車の運転手は、視界の狭窄傾向という問題点を意識して、より注意して遠くや左右方向を注視すべきであること等の事情からすると、亡俊雄の過失割合は、六割が相当であると考える。
5 損害
(一) 証拠によれば、亡俊雄は、昭和二九年九月二一日生の健康な男子であり、電子専門学校を卒業後、本件事故当時、東京流機製造株式会社に勤務し、昭和六二年の給与所得は、年間金四二〇万八七〇九円であったこと、父は死亡し、二男であること、兄と妹が存在すること、単身であることが認められる。
右によれば、死亡慰謝料としては、金二〇〇〇万円が相当であり葬儀費用は金一〇〇万円が相当である。
また、逸失利益は、次の算式により、金三四〇七万五八一二円となる。
金420万8709円(死亡時の年収)×(1―0.5生活費控除)×16.193(満六七歳までの就労可能年数に対応するライプニッツ係数)=金3407万5812円
[甲第六号証、第七号証及び原告本人尋問の結果]
そうすると、弁護士費用を除いた、損害賠償額は、金五五〇七万五八一二円となる。
(二) ところで、前記の過失割合を乗じると、
金5507万5812円×0.4=金2203万0324円となる。
(三) 自賠責保険から金二〇〇一万八六三二円が支払われていることに争いがないからこれを控除すると、金二〇一万一六九二円となる。
(四) 弁護士費用は、事案の困難、認容額等により、金五〇万円をもって相当と解する。
四 結論
以上によれば、原告の被告県及び同下田町に対する国家賠償法二条一項に基づく損害賠償請求、被告植村に対する民法七〇九条に基づく損害賠償請求、被告青森雪運に対する民法七一五条一項及び自賠法三条に基づく損害賠償請求(以上は、認定のとおり、損害賠償責任が客観的事実関係において競合して損害を発生させた場合であるから、民法七一九条一項に該当する。)は、被告らに、連帯して、金二五一万一六九二円及び内金二〇一万一六九二円に対する昭和六三年五月三日から支払い済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、民事訴訟法一九六条一項により仮執行宣言を付すこととし、仮執行免脱宣言は相当でないから付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判官 髙橋光雄)